Eテレ「ニッポンのジレンマ」を見た

気づくことのなかった矛盾

国家全体を襲う一様に急激な変化を世代全体で共有できていたのが、祖父母世代と両親世代の両世代。この両世代には「全体を共有できていた」という共通点があるがしかし比較的明確に世代間に線を引き易い。この理由は分かり易いかと思います。それは祖父母世代が「子供達には “自分たちとは違う” 新しい社会を」と強く望んだからですね。自ら断ち切った。祖父母世代は自ら線を引いたのです。

対して僕らの両親世代はどうでしょう。逆ですね。「私たちと同じ社会を子供たちに」です。ここに大きな判断ミスがありました。つまり、「自由と自己責任と個人化」の世代である僕たちに、「祖父母世代が私たちのために作り上げた社会」と同じものを「そっくりそのまま与え続ければ良い」と両親世代は考えた。その社会は「全体」があった頃に産まれた社会ですし、あくまで祖父母から両親に対して送られた社会です。僕らにマッチすることはありません。

 

さて、ものすごい矛盾があることにお気づきになりましたかね。

僕らに「自由と自己責任と個人化」を強制したのは誰か。両親世代です。にも関わらず、なぜに両親世代はその僕らに対して「私たちと同じ社会を与えよう」と考えてしまったのか。ここです。

 

結論言ってしまいますと、両親世代は自分たちが「自由と自己責任と個人化」を僕ら世代に強制してしまっていることに全く気づいてなかったんだと思いますよ。その強制の結果、僕ら世代に求められる社会には当然のように変化が生じます。もちろんそれにも、気づけない。両親世代は、祖父母から引き継いだものと同じ「自由」と同じ「社会」を僕らに引き継げば良いとしか考えてなかった。ここに現代社会のあらゆる歪みの根本的原因があると感じます。

何かを変えよう、脱却しようという文脈で語られる「自由」。すでにあるものを守ろう、持続しようという文脈で語られる「自由」。「自由」という言葉との親和性が高い状況はもちろん前者です。

Author

Takeshi Satoh | 佐藤 健

Takeshi Satoh - Web Designer, Front End Developer.

佐藤 健です。Webのお仕事をしています。昔は音楽を作ってました。映画が一番好きです。 - More about

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


Scroll to Top